「受験から解放され時間ができた。」「社会人になったから自分の稼いだお金でなるべく費用を抑えて始めたい。」「子育てがひと段落し時間のあるうちに始めたい。」など理由は様々ですが、それらの理由の中に矯正治療を始める気持ちを邪魔するものが存在します。それは、お察しの通り矯正治療は時間と費用が必要だからです。この理由以外で矯正治療を行うか思い悩まれている方に出会ったことはありません。
そこで気になるところだけ治す部分矯正で費用を抑えたり、期間をかけずに歯を削ってセラミック矯正(一部の歯科医が都合のいいようにつくった造語だと思いますが…)を選択する方がいらっしいます。他にはブライダル矯正、スピード矯正という言葉も存在しています。いずれにしても、必要な方には必要な治療だと思います。
しかし、部分矯正では呼んで字のごとく部分的に良くなるだけで全体的な歪みは整わないケースがほとんどです。したがって後戻りのリスクが非常に高いわけです。(※この意味がわからない方は私のブログ「矯正治療の必要性について」を読んでみてください。)果たしてこれは良い選択なのでしょうか。私自身も患者様に部分矯正を行っていますが、症例を選んでいます。例えば、1,2本程度の歯動かしたら、正しいかみ合わせになる方や、被せものやインプラント治療などの補綴前処置として他院からご紹介された患者様の症例だけに留めています。歯並びが良ければ被せものでもインプラントでも長持ちします。逆に歯並びが悪ければ、たとえインプラントであっても長持ちしません。
また、歯を削ってセラミックやジルコニアの被せモノをいれるセラミック矯正は期間や費用をある程度抑えることができますが、そもそも永久にもつ材料など存在しません。セラミックそのものの色は変わらずとも接着するセメントは経年劣化します。一般的に継ぎ目があれば、どんな物でも継ぎ目から傷みます。床のタイル、家の壁紙など想像がつくと思います。残念ながら歯科材料だけ例外ということはありません。金属でもセラミックでも歯との間で継ぎ目は存在します。お口の中は唾液で常に濡れているし、細菌は住んでいるし、口腔内はどんな材料にとっても極限の環境です。すべて健康な歯であれば、歯を削る必要がある以上、それなりの覚悟をもって選択するべきだと思います。もちろん、すでに被せものが多く入っている方などは十分選択の余地があると思います。
数年前、勤務医として働いていた時ことですが、芸能人のような真っ白で整った歯が1日で手に入る病院があるとSNSなどで知り、県外にあるその医院でセラミック矯正を日帰り施術して帰ってきた若い女性の患者さんを診察したことがあります。その病院で大量の痛み止めを処方され、「施術後、もし痛ければ、それを飲めば良い。」と言われ、それを忠実に守っていましが、いつまでたっても痛みがひどく続き来院されました。被せてる歯の根元は大きく腫れ、お顔も少し腫れていました。もともとガタガタがひどく、セラミックを被せた後に診せて頂きましたが、施術後にもかかわらず、少しガタガタしていました。
歯の根っこが歪んでいたりズレていれば、やはりセラミック矯正でも限界があります。レントゲンを確認すると削る量が多かったせいか、神経が死んでしまっていました。治療前はむし歯などもなく健康な歯であったそうです。このような場合、適切な対応は被せたセラミックをはずすか、穴を開け、歯の根っこの治療を行う必要があります。しかし、外すべきセラミックに費用を費やしてしまっている彼女はその場で、その治療を選ぶことができませんでした。仕方なく歯茎の外から孔をあけ、内部に溜まった膿の排出だけ行いましたが、結局、返金云々を考え再度その病院に問い合わせると帰って行かれました。先にも述べましたが、歯を削る以上後戻りできません、それなりの覚悟が必要だと思います。そして、たとえセラミックを被せたとしても、適切に矯正治療を治療計画に織り込んでいればこんな事態にはならなかったと思います。
矯正治療を行う上で、治療期間を短くするには工夫が必要です。そのためには、どうするべきなのか、それは安全かつ確実で無駄のない治療計画をしっかり計画することです。そして、もう一つ大事なことがあります。矯正治療は月一回程度の通院ですから一回、一回の処置の丁寧な積み重ねも重要です。
当院に他院から転院して来られる方のほとんどが、「治療を始める前に具体的な診断説明や治療計画を見せてもらったことがない、処置も一瞬でほとんど説明がなかった。でもずっとよくわかんないまま通ってました。治ってますか?」と仰ります。無計画で場当たり的な治療では結局時間がかかってしまいます。
当然、後から想定外の出費もあるでしょう。巷にはスピード矯正という非常に魅力的な言葉も存在します。しかしながら、患者様お一人おひとり歯並びは違いますし、歯が移動するスピードは個人差があります。スピードが早いと言うからには比較するものが必要です。しかし、世界中探しても一人として同じ歯並びの方はいません。なにをもって早いと謳っているのか慎重に選ぶ必要があります。※すべてのスピード矯正の類を否定しているわけではありません。
現代はインターネット社会で情報量が多いうえに、実際に治療の選択肢も非常に多岐に渡ります。歯科の用語は専門的でとっつきにくいところがあると思いますが、逆を言えば、昔と違いたくさんの情報がある中で治療を選べるわけですから、患者さんにも想像力をもって歯科治療についての見識を深めていただくことができるはずです。
安くて良いものも確かにありますが、ものの値段には相場があります。
国や地域によっても相場は異なります。
もし検討している病院の矯正治療費が、地域の相場から逸脱しているならば、それは何か大事なものが抜けているかもしれません。
どんな方でも値段を優先しすぎて、結果高くついてしまった経験が、多かれ少なかれあると思います。値段には値段なりの理由があります。治療に要する時間にもしっかり理由があります。
世の中にある、いわゆる質の良いものには時間と手間がかかっています。私も患者さんお一人おひとりに時間と手間をかけたいと考えています。
そうなると、自ずと矯正歯科専門の医院でなければできないことがあります。矯正治療の治療期間は長い人生の間のたったの数年間です。ただし、何度もやり直しができる訳ではありません。
単純に長い、高いと考えず、これらの理由を理解した上で、患者さんにとって本当に良いものを選んでいただければと思います。